「ブーフーウー」の版間の差分

提供:おかあさんといっしょメモ
ナビゲーションに移動 検索に移動
17行目: 17行目:
 
== その他 ==
 
== その他 ==
 
* 飯沢匡がNHKに放送脚本を依頼されたときに、指定するデザイナーと製作者をつかうことを条件とした。<ref name=放送文化-1961-02>{{cite journal |journal=放送文化|volume=16|issue=2|publisher=日本放送出版協会|date=1961-02}} </ref>
 
* 飯沢匡がNHKに放送脚本を依頼されたときに、指定するデザイナーと製作者をつかうことを条件とした。<ref name=放送文化-1961-02>{{cite journal |journal=放送文化|volume=16|issue=2|publisher=日本放送出版協会|date=1961-02}} </ref>
* 人形の制作費が高かったため、13回以上使うことを条件とした。<ref name=放送文化-1961-02 />
+
* 人形について
 +
** 人形の制作費が高かったため、13回以上使うことを条件とした。<ref name=放送文化-1961-02 />
 +
** ブー、フー、ウーとオオカミの人形は大中小の三通り存在し、12体の人形の費用は約50万円。<ref name=朝日新聞-1963-06-02 />
 +
** 人形は1体20万円<ref name=oka1989-09>{{Cite journal |date=1989-09 |journal = NHKのおかあさんといっしょ|publisher=講談社 |volume = 5| issue = 9 |page=52}}</ref>
 
* 1963年3月で一通り終わり、4月からアンコールという形だった。<ref name=朝日新聞-1963-06-02>{{cite news|title=ブーフーウーの世界|newspaper=朝日新聞|date=1963-06-02}}</ref>
 
* 1963年3月で一通り終わり、4月からアンコールという形だった。<ref name=朝日新聞-1963-06-02>{{cite news|title=ブーフーウーの世界|newspaper=朝日新聞|date=1963-06-02}}</ref>
* ブー、フー、ウーとオオカミの人形は大中小の三通り存在し、12体の人形の費用は約50万円。<ref name=朝日新聞-1963-06-02 />
+
* 1976年9月11日から、「ペリカンおばさん」のコーナーで隔週でリバイバル放送された。声優は大山のぶ代、堀絢子、増山江威子。人形は作り変えた。<ref>{{cite news|title=「ブーフーウー」復活|newspaper=読売新聞|date=1976-09-10}}</ref>
 +
* 1978年3月21日に、NHKでテレビ開始25周年の記念放送があり、ブーフーウーが舞台に登場した。飯沢匡はそれまで人形が動き出すという夢を壊すという理由でブーフーウーを舞台に上げることを断っていた。<ref>{{cite news|title=TVの25周年回顧|newspaper=毎日新聞|date=1978-03-25}}</ref>
 +
* 飯沢匡は「ブーフーウー殺人事件」という推理喜劇を書いた。勝手にブーフーウーの名前をつけたレストランやマンションがあり、嫌がらせる目的もあって、殺人事件とつけた。<ref>{{cite book|author=飯沢匡|title=飯沢匡喜劇全集6|publisher=未来社|year=1993}}</ref>
  
 
== スタッフ<ref name=NHK-1960-10-01 /> <ref name=NHK-1961-03-01>{{cite journal|journal=NHK|volume=2|issue=5|publisher=NHKサービスセンター|date=1961-03-01}}</ref><ref name=放送文化-1961-02 /> <ref name=NHKテキスト幼児の時間-1965-01>{{cite journal|journal=NHKテキスト幼児の時間|publisher=NHKサービスセンター|date=1965-01}}</ref><ref name=朝日新聞-1963-06-02 /><ref name=放送文化-1974-04 />==
 
== スタッフ<ref name=NHK-1960-10-01 /> <ref name=NHK-1961-03-01>{{cite journal|journal=NHK|volume=2|issue=5|publisher=NHKサービスセンター|date=1961-03-01}}</ref><ref name=放送文化-1961-02 /> <ref name=NHKテキスト幼児の時間-1965-01>{{cite journal|journal=NHKテキスト幼児の時間|publisher=NHKサービスセンター|date=1965-01}}</ref><ref name=朝日新聞-1963-06-02 /><ref name=放送文化-1974-04 />==

2021年1月31日 (日) 03:27時点における版

ブーフーウー』は、NHKの幼児番組『おかあさんといっしょ』内の人形劇。 放送時期は1960年9月5日から1967年3月28日まで。月曜日と火曜日のコーナーだった。

内容

メキシコに住む三匹のこぶた(ブー、フー、ウー)の物語。 司会のお姉さんが毎回カバンから三匹の人形を取り出し、ネジを巻いてボタンを押すと動き出す。[1][2]

放送開始以前

『ブーフーウー』という作品は放送前から存在した。 1954年に、放送時と同じデザインの人形絵本[3](構成・文 飯沢匡、人形制作: 川本喜八郎、人形デザイン: 土方重巳)が出版された。 このときはまだ、「ブーフーウー」という名前は付いていなかった。 1956年に、『婦人公論』[4]で「ブーフーウー」(作: 飯沢匡、絵: 土方重巳)の連載が始まり、このとき初めて「ブーフーウー」という名前が登場した。[1] この連載では、オオカミにロドリゲスという名前がついていた。 キンダーブック1960年8月号[5]には、「ぶーふーうーのうた」というタイトルの楽譜が掲載されている。作詞作曲と歌詞は放送時のものと同じだが、曲が少し異なっていた。

その他

  • 飯沢匡がNHKに放送脚本を依頼されたときに、指定するデザイナーと製作者をつかうことを条件とした。[1]
  • 人形について
    • 人形の制作費が高かったため、13回以上使うことを条件とした。[1]
    • ブー、フー、ウーとオオカミの人形は大中小の三通り存在し、12体の人形の費用は約50万円。[6]
    • 人形は1体20万円[7]
  • 1963年3月で一通り終わり、4月からアンコールという形だった。[6]
  • 1976年9月11日から、「ペリカンおばさん」のコーナーで隔週でリバイバル放送された。声優は大山のぶ代、堀絢子、増山江威子。人形は作り変えた。[8]
  • 1978年3月21日に、NHKでテレビ開始25周年の記念放送があり、ブーフーウーが舞台に登場した。飯沢匡はそれまで人形が動き出すという夢を壊すという理由でブーフーウーを舞台に上げることを断っていた。[9]
  • 飯沢匡は「ブーフーウー殺人事件」という推理喜劇を書いた。勝手にブーフーウーの名前をつけたレストランやマンションがあり、嫌がらせる目的もあって、殺人事件とつけた。[10]

スタッフ[2] [11][1] [12][6][13]

  • 作: 飯沢匡
  • 作曲: 小森昭宏
  • 人形操作: ひとみ座
  • デザイン: 土方重巳[1]
  • 制作[1]
    • シバ・プロダクション
    • 協力
      • 田辺朋子
      • 宮坂元子
      • ひとみ座
  • 司会: 荻昱子
    • ブー: 本野麻耶(途中降板)、大山のぶ代(「NHK」1961年3月1日号[11]の時点では大山のぶ代だった)
    • フー: 三輪勝恵(三輪かつえ)
    • ウー: 黒柳徹子
    • おおかみ: 永山一夫
    • ペロちゃん: 堀絢子 [13]
  • 出演
  • 演出

脚注

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 『放送文化』第16巻第2号、日本放送出版協会、1961年2月。
  2. 2.0 2.1 『NHK』第1巻第11号、NHKサービスセンター、1960年10月1日。
  3. 飯沢匡『三びきのこぶた』トッパン、1954年。
  4. 『婦人公論』第41巻第4号、中央公論社、1956年4月。
  5. 『キンダーブック』第15巻第5号、フレーベル館、1960年8月。
  6. 6.0 6.1 6.2 6.3 「ブーフーウーの世界」『朝日新聞』、1963年6月2日、{{{page}}}面。
  7. 『NHKのおかあさんといっしょ』第5巻第9号、講談社、1989年9月、52頁。
  8. 「「ブーフーウー」復活」『読売新聞』、1976年9月10日、{{{page}}}面。
  9. 「TVの25周年回顧」『毎日新聞』、1978年3月25日、{{{page}}}面。
  10. 飯沢匡『飯沢匡喜劇全集6』未来社、1993年。
  11. 11.0 11.1 『NHK』第2巻第5号、NHKサービスセンター、1961年3月1日。
  12. 12.0 12.1 『NHKテキスト幼児の時間』、NHKサービスセンター、1965年1月。
  13. 13.0 13.1 『放送文化』第29巻第4号、日本放送出版協会、1974年4月。